短編小説 『冬の海』
海辺を好きな人と手を繋いで歩いていた。
冷たい海風が吹き付ける度、私はあたたかい彼の手をぎゅっと握りしめた。
澄んだ空から降り注ぐ光が水面に反射してキラキラ輝いていた。海と聞くと海水浴で盛り上がる夏ばかり連想する人が多いが、私は冬のもの寂しいようで落ち着いた海が好きだ。
20分くらい歩いただろうか、少し足が疲れてきたので防波堤に腰かけた。
「綺麗だね」
「うん、夏の海は楽しいけど、冬のこの雰囲気も悪くないな」
私たちの手はしっかり握られたまま、無言で海を眺めていた。
触れたらきっと震え上がってしまうような冷たさの海。
貴方と出会う前、一人で寂しかった時もこの海を真冬に訪れていた。
溺れてしまいたい。海に沈んで消えてしまいたい。そんなことばかり考えていたけれど、怖気づいてしまってできなかった。
愛する人に出会って、希死念慮は消えたように思えた。でも時々貴方と一緒に死にたいなんて縁起でもないことを考えてしまう私がいる。
貴方に溺れて死んでしまいたい。冷たい冬の海の中でも貴方がいればあたたかいから。